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フィリピン人?不法滞在一家 2009.03.18

カルデロンさん一家、長女のみ在留 入管提案受け入れ

代理人の弁護士によると、一家は最終的に入管側が示した提案を受け入れ、のり子さんを残して両親が4月13日に帰国することを決めたという。
(一部引用)


やっと進退が決まりましたねカルデロン一家。
子供を使って情に訴える形でのキャンペーンがマスゴミによって張られていましたが、法務省も遵法と言う形でしっかりと決着をつけてくれて嬉しい限りです。
まあ当たり前の事なんですけどね。

さて、このカルデロン居座り事件ですが、ちょっと気になることがあります。
私そんなに国外の方との交流はないので確証を持って言う事は出来ないので憶測ですが、、、カルデロン・アランてフィリピン人じゃなくね?これ。
アラン
カルデロンさん両親帰国へ 「残念だが…」と感謝の言葉より

どっちかと言うと朝鮮の人に見えるんだけど気のせいかな?
母親に比べて肌の色も東南アジアというよりは東洋系だし、どうみてもフィリピンには見えないと思うんだ。
その辺考えると、某団体を中心とした陰謀みたいなのも思うつくけどどうなんだろう。
まあ陰謀論はおいておこうw


さて、「可哀想だ可哀想だ!」と日本のマスゴミが騒ぎ立てていたおかげか、当のフィリピン政府も対応を先日発表してくれましたね。

フィリピン入国管理局(DFA)は日本に不法入国したカルデロン夫妻のために「人道支援」を全力で行うと言います。
当局はカルデロン一家のために人道支援を行う準備が出来ています。
支援は新しく住む場所を用意するなどを含んでおり、これら社会福祉局によって行われるでしょう。
フィリピン当局によれば、日本政府のカルデロン一家への「温情」は国際社会に誤った認識を与えるだけであり、夫妻の要求に屈するべきではなかったと言います。
「カルデロン一家はフィリピンに戻りたくないんでしょうか?」と当局は疑問に思っています。
日本政府はカルデロン一家の娘に関連し、2つの選択肢を提示しました。
娘一人だけ残るか、三人とも帰国するか、です。
一方のカルデロン一家は日本の決定を不服として政府に訴えていました。

原文


これだけの事を母国がしてくれるというのに、当の娘はと言うと…

「家族3人で日本にいたかったので、うれしい気持ちはありません。でも、日本で勉強を続けたい」と目に涙を浮かべた。 (上記記事より)

との事。
不法滞在から在留資格の獲得と言う目的さえ果たされれば良かったという事ですかね。
さすがです。

ちなみに、賛成意見の人が持ち出す「子どもの権利条約」だけど、そこには「子どもがごねたらそれを最優先にすべし」なんてのは当然書いてない。
もちろん子どもの意見を聞こう、ちゃんとそれも考慮しよう。と言うのは分かる。
が、法を無視してそれを優先しようとか言うのはありえないな。

どうしても日本に家族で居たいのなら、まずは犯罪者である両親が罪を償ってから正規の手段で入国すれば良いだけの話。
確かに生まれてくるのに親は選べないけど、そこは一蓮托生が基本でしょう。
親の都合で転校が多い子どもだっているんだし、俺の友人なんて小学校の時にアメリカ行ってたぞ。
扶養してもらってるんだから、自分の思いはあっても親の都合に合わせるのは当然よ。

パスポートを偽造して不法入国、さらに不法就労していて入管から言われてもシカトして居座り続けてたんだから、そりゃぁ帰って貰うのが人の道。
しかも両親がタガログ語で話しているはずだが「日本語しか話せない!」と言う娘の為にフィリピン政府が支援の準備がある!と頼もしい事を言ってくれてるんだから、その申し出を無碍にするのはガキの所業ですよ。あ、まだ13歳の小娘さんでしたねすみません。
まあ兎に角、犯罪者を野放しにした挙句、温情をかけて好き放題させるような国じゃなくて安心しました。
カルデロン負債は、日本で働きたいならちゃんとした方法で入国してまっとうに働いてください。
個人的には、もう来ないでください^^
日本に来て良いのは、こんな人たちだと思いますよ^^

ブラジル人親子3人、感謝の帰国…滞在18年・職探し断念
 日本で18年間暮らしてきた福岡県粕屋町のブラジル人男性が職を見つけられず、17日、家族とともに関西空港から帰国の途についた。

 日本の知人が親身になって支えてくれたが、不況が深刻化する中、職探しを断念。「日本人に思いやりの心を教えてもらった」と感謝の気持ちを胸に日本を離れた。

 ジョーゼ・ホベルト・セガンチーニさん(41)と、妻ニウセさん(39)、長男フィリオさん(17)。

 ホベルトさんの親族に日本人がいることから日本の在留資格を取得でき、1991年に来日。親族の薦めを受けて九州で仕事を探し、佐賀市のアパートを借りた。結婚したばかりで1年半ほど働いてお金をため、帰国する考えだった。ホベルトさんはトラック運転手、ニウセさんは同じ会社の運搬係などとして働き、翌92年にフィリオさんが生まれた。

 フィリオさんは、市内の「ちえんかん保育園」に預けた。2人が仕事を終えて午後8時頃迎えに行くと、いつも内田広行園長(69)と妻鈴代さん(70)がフィリオさんを風呂に入れ、ミルクや離乳食を与えて待っていた。「じいちゃん、ばあちゃん」と園長夫婦になつく息子を見て、2人は「もっと日本にいよう」と思うようになったという。

 ホベルトさんは在留期間の更新を重ね約10年後、「素行に問題ない」などとして日本の永住資格を認められた。身元保証人は園長夫婦が引き受け、内田園長は「素直で一生懸命働いている姿を見て、何かしてやろうという気になった」と振り返る。

 その後、一家は職を求めて大阪府や静岡県などを転々とした。ホベルトさんは、最近は福岡県内の運送会社にトラック運転手として勤務。しかし、漢字で書かれた伝票を読むのに手間取るため迷惑をかけると思い、昨年12月退職。ハローワークに約30回通い、大型自動車の運転免許を持つ強みを生かして運送会社を中心に10社以上の面接を受けた。しかし、いずれも履歴書が送り返されてきた。佐賀市の知人男性(60)はスーパーや運送会社に相談してくれたが、「日本人の解雇を考えないといけない時に、外国人を雇い入れるのはとても無理」と断られたという。

 内田園長は「日本にいたいという願いをかなえてやれず悔しいが、今の日本は外国人にとって過酷。帰国した方がいいのかもしれない」と複雑な胸中を明かす。

 ホベルトさんは「日本人は自分が苦しい時でも、私たちを助けてくれた。大好きなこの国にずっといたかったが仕方ない」と言い、帰国後は親族に仕事を紹介してもらう予定だ。

 日本語で育ち、母国語のポルトガル語の読み書きがあまりできないフィリオさんは「日本で勉強して働きたかった。また戻ってきたい」と話した。(本部洋介)

最終更新:3月17日20時6分
読売新聞


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コメント

フィリピンは人種のルツボ
スペイン→アメリカに統治され混血を繰り返し中国人・インド系も昔から多く流入
僅かな数の華僑(中国人)が政治・経済を牛耳ってる
父親の顔は中国系に見えます
中国系はフィリピンでは経済的に苦しくないはず
本当にスラムの人なら来日すら出来ない
蕨沿線は詳しい
男は蕨・西川口・埼玉寄りの東京・赤羽に聞き覚えありでは?
エロ本で宣伝しまくり
全国的に有名な風俗街と思ってるのは地元のうぬぼれ?
70年代にはアジア女も来日
同国人が雑貨屋等を開店
蕨から電車ですぐの赤羽に教会がありフィリピン人が礼拝に訪れ屋台や露店でに日本人が通れない
昔からコミュニティが出来てる
低所得の日本人が多くアジア人との結婚も多くハーフの子も多い
ノリコが自分を日本人だと思ってたとの話は地元の日本人は信じない
ノリコの母はクリーニング店でバイトと言ってるが日本語も話せないアジア人は単純労働も出来ない
蕨という土地柄を考えても風俗

2009.03.27 | URL | 通りすがり #mQop/nM. [ 編集 ]

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