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教育勅語 2010.03.25

今年もいくつかの町の成人式で、今年成人を向かえる若者たちが騒ぎ出し、大荒れの成人式になったことが報道された。一体、彼らは何のために騒ぐのであろうか。目立ちたいと思っているのかもしれないが、甘えすぎており子供である。

(中略)

戦前の日本人の自立心や道徳観の高さを支えていたのは、教育勅語修身の教科書である。明治維新以降、鹿鳴館時代に代表される西洋かぶれの時代があった。このとき「これでは日本的な道徳規範が壊れてしまう」と考えた、わが国の将来を考える偉い人たちや学者の先生方がいた。それらの人たちが集まって作ったのが教育勅語である。1890年(明治23年)に発布された。教育勅語というと、その言葉を聴いただけで拒否反応を示す人たちがいると思う。しかし、教育勅語に書いてあることは、今現在でも世界中に当てはまる極普通のことだけである。
(後略)
田母神俊雄公式ブログ 志は高く、熱く燃える 教育勅語と修身の教科書を復活せよ





と、言う事で田母神さんのブログを紹介しつつ、昔の日本の教育の要であった教育勅語を見直してみようかな~と思いましてこんなエントリー。

教育勅語とは、と知らない人もいるかもしれませんのでwikiから引用しましょう。

西洋の学術・制度が入る中、軽視されがちな道徳教育を重視したものである。もちろん、西洋文明にも宗教(キリスト教)を背景とした道徳教育は存在するが、それを直接日本人に適用するわけにもいかず、かといって伝統的に道徳観の基本として扱われてきた儒教や仏教を使うことも明治新政府以降の理念からすれば不適切であった。このため、伝統的な道徳観を天皇を介する形でまとめたものが教育勅語とも言える。こうした道徳観は、伝統的な儒教とは異なるものであり、江戸時代の水戸学からの影響が指摘されている。
~wiki~



西洋文明を吸収していく中でも、日本らしさを忘れないようにと言う心の表れだと思います。
明治神宮のサイトに写真と口語訳がありますから、それも見てみましょう。
明治天皇のお言葉です。


【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~
明治神宮公式サイト




明治天皇のお声はさすがに拝聴した事はありませんが、天皇陛下のお声で脳内再生してもなんら違和感もありませんね。

そして12の徳目。

孝行 親に孝養をつくしましょう
友愛 兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦ノ和 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友ノ信 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜 自分の言動をつつしみましょう
博愛 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学習業 勉学に励み職業を身につけましょう
智能啓発 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器成就 人格の向上につとめましょう
公益世務 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう



何と言うか、当たり前の事ですよね。
田母神さんのブログによると、西洋はこの教育勅語を輸入、翻訳して道徳の手本としたそうです。
戦後のゴタゴタでシステムとしての教育は破壊されてしまいましたが、幸いな事に日本らしい道徳観は何とか残ってきました。

しかし、それにも限界はあります。

学校教育のレベルの低下が著しい今、その分塾の需要がありますが、塾は受験用の勉強を教えてくれる場所であってそれ以外のものは通常のカリキュラムの中には入っていないのは当たり前です。
もちろん、しっかりとしたオトナが教えてくれればその背中を見て育つ子も出てくるでしょうが、なにぶん絶対数が少ないですよね。
絶滅寸前ですw

正直な所、道徳まで教えてくれる寺子屋と言うのが必要ではないでしょうか。
人材育成や収集から始まるので投資額と必要な時間は結構かかるような気もしなくはありませんが、今の日本には絶対にあるべきだと思うんですよね。

良いものを活かしてより良くより良く。
みんなで幸せになりたいなぁ…w
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